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鹿児島地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決 1992年7月20日

原告

仁弘子

右訴訟代理人弁護士

亀田徳一郎

被告

名瀬労働基準監督署長玉利栄輝

右指定代理人

濱田國治

北島凡夫

江口徹

川野達哉

渡辺英俊

山口和彦

寺師忠敬

栫葵

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六一年一一月一八日付けで原告に対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原処分の取消しを求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告の亡夫である訴外仁大蔵(以下「大蔵」という。)は、訴外村上建設株式会社(以下「訴外会社」という。)の現場作業員であったが、昭和五六年七月一四日、訴外会社の施行する鹿児島県大島郡龍郷町安木屋場の港湾突堤建設工事現場(以下「本件現場」という。)において、コンクリート打設工事に従事中、海面に倒れこみ、同日午後三時二〇分ころ、鹿児島県立大島病院において急性心不全により死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  原告は、昭和五九年八月一日被告に対し、大蔵の死亡は、同人の業務に起因するものとして、労働者災害補償保険法(昭和二二年四月七日法律第五〇号、以下「労災保険法」という。)一二条の八に基づく遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが、被告は、昭和六一年一一月一八日付けで、大蔵の死亡と業務との間に相当因果関係が認められないことを理由に原処分をした。

原告は原処分を不服として、昭和六二年一月一六日鹿児島労働者災害補償保険審査官に対し、審査請求をしたが、同年九月二五日鹿児島労働者災害補償保険審査官は、右審査請求を棄却した。

原告は、更に、右棄却決定を不服として、同年一二月七日労働保険審査会に対し、再審査請求をしたが、労働保険審査会は、平成二年六月二八日右再審査請求を棄却した。

二  争点

1  業務起因性について

(1) 原告の主張

大蔵の死因は、コンクリート打設工事に使用していた排水用電動ポンプの電線から漏れた電流に触れたことであるから、死亡と業務との間に相当因果関係がある。

仮に大蔵の死因が感電死でないとしても、いわゆる過労死であり、死亡と業務との間に相当因果関係がある。

(2) 被告の主張

大蔵が感電した事実はなく、また、業務による過重負担の事実もないから、大蔵の死亡は、業務に起因するものとはいえない。

2  葬祭料を支給しない処分については、二年の除斥期間ないし消滅時効(労災保険法四二条)にかかっているか。

第三争点に対する判断

一  大蔵の死因が感電死かどうかについて判断する。

証拠(<証拠略>)によれば、次の事実が認められる。

1  大蔵は、昭和五六年七月一四日本件現場において、同僚とともにコンクリート打設工事に従事していたが、同日午後二時ころ、昼食をとるためもあって、同僚の村上光彦と交替して作業をやめ、コンクリートを打設し終わった防波堤の先端付近から水深約七〇センチメートルの海中に下りて、海の中を歩いてクレーン船に行き船上に上がり、その後、クレーン船から海中に下りて顔を洗うような格好で前屈みになった。大蔵の右の状態が暫く続いたことを不審に思った村上において、海の中に入り、大蔵を抱きかかえて引き上げたが、大蔵は、顔面蒼白で口から泡をふいており、人工呼吸等が施され、午後三時五分ころまでに名瀬市内の鹿児島県立大島病院に救急車で搬送されたが、既に、瞳孔散大、呼吸停止、心臓停止の死亡状態にあり、心臓マッサージ、酸素吸入等蘇生術が施されたが、午後三時二〇分ころ死亡が確認され、立会医師によって直接死因は急性心不全と診断された。

2  本件事故当時の本件現場におけるコンクリート打設工事には、バイブレーターが使用されていたが、動力は電気ではなく、ガソリンエンジンであり、電気を動力としている機械は、排水ポンプであった。その電源となる発電機の電圧は二六ボルトで、発電機はクレーン船上に置かれていたところ、排水ポンプは、海水を隔てて、コンクリートを打設している防波堤の先端付近で使用されるもので、三重に被覆を施された電線によって発電機と連結されており、本件事故以前に海水に漏電するという事例は生じておらず、本件現場で大蔵を救助した村上や佐藤文博もその際電気による衝撃を何ら感じていない。また、当時大蔵は、腰から下の部分を覆うゴム製の防水服を着用していた。

3  大蔵は、本件事故直前に、防波堤の先端付近からクレーン船まで海の中を歩行していたものであり、また、電線の被覆が一部破れる等の欠損があったことは確認されていない。

右事実によれば、本件現場の海中に漏電があったと認めることはできず、したがって、大蔵の本件事故による死因が右漏電による感電であるということはできない。

もっとも、大野弘一は、大蔵が人工呼吸をされているときに、同人が防波堤の現場にある電線に触れたところピリピリと衝撃があったので、電流によって大蔵の心臓が止まったのではないかと思った旨述べるが、右供述だけでは、前記認定を左右することはできない。

二  次に大蔵の死因がいわゆる過労死であるかどうかについて判断する。

証拠(<証拠略>)によれば、次の事実が認められる。

1  大蔵は、本件事故の約一〇か月前から本件現場の作業に従事するようになり、名瀬市にある自宅から約一時間かけて車で通勤していた。

2  大蔵の仕事内容は、測量手伝い、型枠の据付け及びそのための地ならし、コンクリート打設等であったが、コンクリート打設については、村上と交替で作業しており、また、大蔵は潜水作業を行う資格を有していなかったのにもかかわらず同作業にも従事していたが、その多くは、海中に立って、上半身が水面上に出るような水深時において、型枠に据付け等のために顔を水面につけてする作業であり、時には、満潮時等において潜水することもあったが、これも素もぐり程度であり、同人の仕事量が他の作業員に比して特に過重であるということはなかった。

3  大蔵の作業時間は、他の作業員と同様に午前八時から午後五時までであり、時に残業することもあったが、残業時間は、通常一、二時間程度にとどまり、それ以上に及ぶことはまれであった。

4  右作業時間中は昼食時に一時間の休憩がとられていたほか、コンクリート打設作業のための潮待ち、その他によるあき時間もあり、その際は船上や休憩用に借りてある民家等で昼寝をするなど適宜休息がとられていた。

5  大蔵は、本件事故時まで、格別の問題もなく、通常の作業に従事してきており、本件事故前の五月ころ実施された健康診断においても何らの異常も発見されていない健康体であった。

ところで、業務起因性については、業務と疾病との間に相当因果関係が必要であり、相当因果関係は、作業の内容、性質、作業環境、作業に従事した期間、発症の経緯等諸般の事情から総合的に判断され、その立証は、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性があることが証明されれば足り、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足ると解すべきである。

これを本件についてみるに、なるほど、大蔵は、本件事故直前、妻である原告に対し、疲労を訴え、夕食もとらずに就寝したことがあるなど疲労していたことが認められる(<証拠略>)が、右1ないし5の事実によれば、その程度は、健康に重大な影響を与えるようなものではなく、右疲労と急性心不全による死亡との間に相当因果関係が存在したと認めるに足りるものではない。また、右認定のとおり本件作業が特に過重であったとはいえないから、大蔵の死因はいわゆる過労死とはいえず、大蔵の死亡と業務との間に相当因果関係があるとはいえない。

第四結論

よって、その余について判断するまでもなく、大蔵の死亡と業務との相当因果関係を否定した原処分は正当である。

(裁判長裁判官 宮良允通 裁判官 原田保孝 裁判官 宮武康)

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